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サダム・フセイン政権は戦争回避ため必死だった
2003/11/10

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ABC 11/5 WORLD NEWS TONIGHT 「ブライアン・ロス取材」

「ハッジ証言」
サダム政権は戦争回避のための交渉をアメリカに求めていた
イラク戦争前に、当時、戦争回避のために水面下で、サダム・フセイン政権の情報担当責任者と、戦争の立て役者と言われたアメリカ国防省顧問の間の交渉があったことが関係者の証言によって明らかになった。
このアメリカ国防省顧問自身もABCにこの事実を認めた。

イラクとアメリカの間を取り持とうとしていたのは、レバノンの首都ベイルート在住のパレスチナ系アメリカ人実業家イマド・ハッジ氏(Dr. Imad Hage)。
アメリカ政府内において、アメリカ国防総省と繋がりを持つことで知られている。

ハッジ氏「戦争の6週間前、イラクの情報当局責任者から秘密裏に接触を受けました。私の会った男たちは戦争を回避しようと必至に努力しているように思えました。」
1週間後の2003/2中旬、ハッジ氏はバクダッドへ行って、サダム政権の情報当局責任者と会った。
後にブッシュ政権から「ダイヤモンドのジャック」と言われたターヒル・ジャリール・ハブーシュ将軍(イラク諜報機関長官)だ。
ハブーシュ将軍は現在も逃亡中。

ロス記者「(イラク側は戦争回避に)必死だったんですね?」
ハッジ氏「ええ、(アメリカに)取引したいと伝えようと必死でした。」

2/20 ハッジ氏はイラクからの申し出をアメリカ国防総省へ出向いて伝えた。

場所は、ウォルフォウィッツ国防副長官のオフィスでだ

このイラクの申し出は文書で残されており、その中には「武装解除」という項目もあり、その検証のためにアメリカの査察官の立ち入りも認めるものだった。
ハッジ氏「イラク側はアメリカの態度を和らげるために、(アメリカ人の)2000人の査察団を受け入れてもいいと言っていました。」
イラク側は、その他にも身柄を拘束していたアルカイダの幹部アブドラ・ラマーン・ヤシンを引き渡してもいいと申し出ていた。
ヤシンはアメリカ政府が2500万ドルの懸賞金をかけていた人物。
ヤシンは現在、逃亡中でイラク駐留アメリカ軍への攻撃を影で指揮しているともいわれている。
ハッジ氏「イラク側は2500万ドルの価値のある男を(アメリカに)差し出して善意を示したいと言っていました。」

そして裏チャンネルの交渉の舞台は、2003/3始めにロンドンへ移った。
ハッジ氏は、当時、アメリカ国防政策委員会の委員長を務めていたリチャード・パール(イラク戦争をリードしたネオコンのトップ)に会った。
パールはABCに対してロンドンでハッジ氏と会ったことを認めた
パールは、「(戦争回避について)イラクはホンキだと考え、私はイラク関係者と会おうとした。しかしCIAに会うなと言われた」と語った。

ハッジ氏「(イラク側に)電話をかけて、うまくいかない。交渉中止だと伝えました」
ロス氏「中止ですか...」
ハッジ氏はこれで戦争回避のための努力は終わったと語った。
ハッジ氏「イラクはホンキで交渉しようとしていました。少なくとも(アメリカ政府の)誰かが(イラク政府側に)会って、話をするべきだったと思います。」

そして、ハッジ氏がパールに会って10日後、2003/3/20、イラク戦争が始まり、アメリカ政府高官は「戦争以外に選択肢は無かった」とコメントした

3/20 ラムズフェルドの国防総省での記者会見「国民はこの事実(イラク戦争突入)を知ってホッとすると思います。アメリカは戦争回避のためにあらゆる努力を行いました。イラクに対して平和な武装解除を求めるためです。」

国防総省は2月中旬に、ウォルフォウィッツ国防副長官のすぐ下の高官まで伝わっていたと認め、ウォルフォウィッツ本人までは伝わらなかったとした。
アメリカ政府高官は、ベイルートの裏チャンネルは、イラクが何度も取引しようと試みた1つに過ぎないと言っている。

ホワイトハウスがこのことについて知っていたか関心が集まっている。

ホワイトハウスと国防総省の反応

11/5午後、ホワイトハウスでいくつかの反応が出た。

ホワイトハウス回答
全体像を見るべきだ。サダム・フセインには何度も戦争回避のチャンスがあったのにそれを選ばなかった。
12年の間に17件の国連決議が生まれたが、それに応じなかったために同盟国は行動を起こさざるを得なかった。

ホワイトハウス高官は、アメリカは平和的な解決を目指し、あらゆる正当なチャンスを探り、すべての選択肢が尽き果てたと主張。

国防総省回答:、イラクとフセインlには信頼性が極めて高いソースを通じて長年の間に数多くのチャンスがあった。メッセージを伝えるのに、イカガワシイ裏チャンネルを使って交渉する必要は無い
ロス記者 「答えの出ていない疑問は残ります。アメリカが戦争回避のために努力をしたかという疑問です。」
ホワイトハウスは努力を尽くしたと言い、国防総省は、交渉は正規ルートによるもののみ聞くと努力を欠いていたことを激白!!!
それとも、国防総省のウォルフォウィッツの部下はこのイラクの申し出を、個人の判断で握りつぶしたのか?
また、ウォルフォウィッツは知ってて知らんフリをしているのか?
パールは、CIAの圧力があったように証言しているが、CIAはイラク戦争を回避することに反対だったのか?

このハッジ証言や、それを認めた政府関係者の証言からは、アメリカはまず戦争アリきで、平和的な解決など考えていなかったということを証明している。

しかし、日本の報道は、なぜ、このような重大なニュースがアメリカで流れたのに衆議院選挙前に流さなかったのか?
また、各政党・候補者は、なぜ、これを問題として言わなかったのか???
報道統制があったのか?
ブッシュ政権は、この報道で「国民をダマした。ウソをついて戦争をした」と、窮地に追い込まれることになるだろう。
11/6 ABC報道を受け、国防総省は釈明の記者会見を開いた。
ラムズフェルド国防長官「サダムフセイン体制は多くの戦争回避のチャンスがありました。ですから、私はその情報がどこにあったのか知りませんし、(私は)マスコミで知りましたが、そういうものがあったならCIAなどが適切に検討し対応していたと思う。」と、自分はこのABC報道を見て初めて知ったと述べた。
ウォルフォウィッツの机にまで届いたかは明らかにしなかった。

11/10 リチャード・パールはABCの座談会で、ロンドンでハッジ氏に会って提案を聞いたことを認めた。
しかし、その申し出には「信憑性がなかった。」と述べ、また「アメリカ政府はそのイラク人に関心が無かった。話を持ってきたイラク人というのは、フセイン政権で最も凶悪なことをやっていた情報部員や治安部隊だった。」と語った。
さらに、あなたはCIAに情報を渡したというが、CIAは知らないと言っているが、この提案は大統領に伝えられたのか?との問いには、当時は多くの提案が入り乱れて、その情報は信憑性が欠けるので大統領まで届かなかったと語った。
また、この情報はアメリカの信用を落とすためのワナだったとも述べた。