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アメリカ軍による
イタリア人記者ジュリアナ・スグレナ氏暗殺未遂?

2005/3/6 〜 2005/3/13 、 2005/5/6

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2/4 イタリア共産紙ANSA記者ジュリアナ・スグレナ氏は、バグダッド大学外で車に乗っていたところ武装グループによって誘拐された。
スグレナ氏は武装グループの作ったビデオの中で、すすり泣きながらイラク駐留イタリア軍撤退を要求した。

スグレナ氏は新聞社の同僚に「誘拐犯らは私を悪く扱わなかった」と伝え、さらに、誘拐者の一人は、彼女とフランス語と英語で会話したと述べた。CBS
イタリア政府がブッシュのイラク戦争に軍隊3000人を派兵すると決定したとき、イタリア国民の70%以上が反対した。

<奥、井ノ上の日本大使館員が死亡したアメリカ軍による狙撃事件を思い出す>

3/4 イラクの武装勢力から解放された直後にアメリカ軍の発砲を受け、負傷したイタリア人イル・マニフェスト紙記者ジュリアナ・スグレナ氏はスグレナ氏解放交渉をしたイタリア情報機関職員の死亡が何より衝撃的だと話した。
またイタリア司法当局は、スグレナ氏の状況説明が、イラク占領アメリカ軍の説明とは食い違っていると明らかにした。

地元テレビ局の取材を受けたスグレナ氏は、3/4夜に解放されて自動車でバグダッド空港に向かってぬかるんだ道のカーブを曲がったところで、後ろに急にライトが見えたと思ったら、アメリカ軍からいきなり銃を乱射されたと説明(待ち伏せ攻撃をされた)。
スグレナ氏は、ベテランのネゴシエーター(折衝人)である情報機関職員ニコラ・カリパリ氏と話していた途中で、いきなり「彼(カリパリ氏)が私によりかかってきた。私を守るためだと思う。彼はそのまま崩れ落ち、死んでいることがわかった」と証言。
また、「運転手はイタリア人だと叫んだが、発砲はそのまま続いた」と、乗っていた車がアメリカ兵の数分間に渡る発砲によって約300〜400発あまりの銃弾によって蜂の巣にされた恐怖を語った。

ローマ病院でスグレナ氏の事情徴収をしたイタリア司法当局のイオンタ判事は、スグレナ氏が「発砲を受けたのは検問所ではなく。通りかかったパトロール中のアメリカ軍車両から。私たちの車をスポットライトで照らしてすぐ、撃ち始めた弾がどこから来ているのか分からなかった検問所は通過していないし、車はスピードを出しすぎてなどいなかった」と証言したという。
発砲でスグレナ氏も肩に破片を受けて負傷。車内にいたイタリアベテランのイタリアのシークレット・サービス・エージェント2人も負傷した。1人(憲兵隊少佐)はスグレナ氏といっしょの飛行機でイタリアに帰国。もう1人は重傷でまだイラクで治療している。
イル・マニフェスト紙のガブリエル・ポーロ主幹は「スグレナ氏はすべて見ています。アメリカ軍の銃撃が終わったあとも、愚か者たち(アメリカ兵)はすぐに病院(バクダッドのアメリカ軍の病院)に運ばねばならんと気が付くまでに、大変時間を費やしている!」と憤慨した。RAI
3/5夜、カリパリ氏の遺体は、イタリア国旗に包まれた棺に収められ、ローマに到着した。
カリパリ氏は、1月以上の間、イラクでスグレナ氏の釈放交渉に当たった。
カリパリ氏はイタリア南部レッジオ・カラブリア出身の元警官で、妻と19歳の娘と13歳の息子がいる。

<アメリカ軍の釈明 : 車は防弾車だったのか?>

3/4のアメリカ軍の説明だと、スグレナ氏の乗った車がスピードを上げ、検問所に近づいて来たため、アメリカ兵らが発砲したと説明。
アメリカ兵らは「運転手に、手と腕の停止合図、きらめく白色燈、警告射撃などを繰り返して、停止するよう警告したが、それでも運転手が停らなかったため、兵士らは停車させるためエンジン部分を狙って撃ったとしている
CNN

しかし、スグレナ氏がウソをつく必要性はどこにもなく、記者殺しを得意とし、さらにウソ常習野郎集団でもあるアメリカ軍側がウソをついている可能性は無限大に高い。

この襲撃事件は、2003/11/19に奥・井ノ上日本大使をアメリカ軍が襲撃した事件を思い出す。
もし、スグレナ氏の乗った車が防弾車であるなら、そのボディや防弾ガラスを撃ち抜いた弾が、さらに弾は頭を撃ち抜いていたということになる。
後頭部に近い頭頂部に受けた1発の銃弾が左耳のすぐ下を貫いたというが、ヘルメットは被っていなかったのだろうか?それともそれも貫いたのか?防弾車なら被っていなかった可能性は高い。
そして、防弾車を前提に考えると、スグレナ氏は肩を負傷しているが、もし、この弾がカリパリ氏を撃ち抜いた弾ならば、30mm狙撃銃だった可能性もある(CBSは榴散弾と報道:ショットガン?)。
また、当然に、イタリア側はスグレナ氏を搬送するスケジュールやルートをアメリカ軍に伝えていただろう。
これらから、アメリカ軍は最初から車にスグレナ氏らが乗っていたのを知ってただろうとも推測できる(アメリカ軍は無線の不備で情報がうまく伝えられていなかったと釈明している)。

これらから、何かアメリカ軍にとって非常にマズイものをスグレナ氏、あるいはカリパリ氏らが見た?これによって、口封じの暗殺を実施したという可能性もある。
これからスグレナ氏ら生存者から、(もし、強迫や強権的な口止めを受けなければ)その証言が聞けるかもしれない。

あるいは頭のオカシナ兵士の多いアメリカ軍のことだ。殺人ゲームをしていたという可能性もあるが。
日本大使館員が銃撃受け死亡:イラク戦争

<ローマ地裁は第2級殺人で捜査を開始>

ローマ地検は3/6までに、第2級殺人(計画的でない殺人)の疑いで捜査を始めた。
またイタリア司法省は目撃者からの情報提供を求める方針を固めた。

イタリア政府によると、ニコラ・カリパリ氏の検死結果、死因は頭部に受けた銃弾1発で、即死だったことが判明。
遺体はローマのヴィットリオ・エマヌエーレ2世記念堂内の無名戦士の墓に安置されており、市民数千人以上が弔問の列を作っている。3/7には国葬が予定されている。
- スグレナ氏証言 -
スグレナ氏は入院先のローマ市内の病院でスカイ・イタリアTVの取材に対し、発砲されたのは検問所ではなく道路で、泥道だったためゆっくりと進んでおり、「警告のライトも合図も何もなかった。何の警告もないまま、至近距離から雪崩のようにして撃たれた」と説明。さらに、イタリア政府が自分の解放に身代金を支払ったことにアメリカ政府が強く反対したため、「私の解放を食い止めようとしたのかもしれない」と話した。

イタリア政府は身代金支払いを公式には認めていないが、アレマンノ農相は有力日刊紙コリエーレ・デッラ・セラに対し、相当額の身代金が支払われた「可能性はとても高い」と話している。

コリエーレ・デッラ・セラはさらに、スグレナ氏たちの車を運転していて負傷したイタリア情報部員が、「ゆっくり運転していた。速度は時速40〜50km/hだった」と話していると伝えている。

事件捜査に着手したイタリア司法当局のイオンタ予審判事は、帰国直後のスグレナ氏から事情聴取したところ、「発砲を受けたのは検問所ではなく、通りかかったパトロール中のアメリカ軍車両。私たちの車をスポットライトで照らしてすぐ、撃ち始めた。弾がどこから来ているのか分からなかった。検問所は通過していないし、車はスピードを出しすぎてなどいなかった」と説明を受けたと話している。

ブッシュ大統領は事件翌日の3/4にベルルスコーニ伊首相に電話し、「厳密な調査を約束する」と伝えた。
またアメリカ国防総省幹部によると、ラムズフェルド国防長官も3/5朝、マルティノ伊国防相に電話をし、人命の損失に遺憾の意を表明したという。

ベルルスコーニ首相は3/9にも事件について議会へ報告する予定。イタリアでは4月初めに地方選、来年は総選挙が予定されている。CNN

アメリカ軍はスグレナ氏らの車だと認識した上で撃った:スグレナ氏証言

スグレナ氏は、「あれは単に事故だったことは言えません。私たちはこれ(アメリカの言い分)を容認することができません。それは無理です」と語った。
スグレナ氏は、スグレナ氏らの車が空港へ向かっていることをイタリア政府関係者は知っていたと言った。
従って、イタリア政府関係者は当然にアメリカ人に通知したと思うと述べた


以前に、スカイ・イタリア・テレビとの別のインタビューでは、アメリカ政府が誘拐犯人と交渉する政策に反対したので、アメリカ兵士は彼女を標的としたと語っている。
スグレナ氏は「誰もが、アメリカ人は交渉で人質を解放して欲しくないと考えていることを知っています。私は、なぜ私が標的だった可能性を除外しなければならないか分かりません」と言った。

また、彼女は、誘拐した犯人が「あなたに戻ってほしくないアメリカ人がいる」と言い、彼女に注意深くなるように警告したと述べている。BBC

- イル・マニフェスト紙に書かれたスグレナ氏の手記 -

「私はまだ暗闇の中にいる。金曜日は今まで生きてきた中で一番激しい1日だった。何日も拘束され続けて、私を捕虜にしている連中と話しをしたばかりだった。解放されると、もう何日も前から聞かされていた。この瞬間を待ちわびていた。彼らが話していたことの重要性が、後になってやっと理解できた。連中は『引き渡しに関して』問題がいろいろ出ているのだと言っていた。

「私を毎日いつも監視している見張り2人の様子から、何が起きているのか分かるようになった。2人のうち1人は、私の様子を ことさら気にかけてくれた。彼はすごく嬉しそうにしていたので、何が起きているのか正確に把握するため、私はわざと挑発的に尋ねてみた。私がいなくなるから嬉しいのか、私がいつまでもここにいるのが嬉しいのか、と。『あなたがここを出ていくことしか知らない。いつになるのかは知らない』と初めて聞かされた時、すごくショックですごく嬉しかった。何か新しい展開になっているのを証明するみたいに、見張り役が2人とも私の部屋に入ってきて、私を励ましたりふざけたりした。『おめでとう。ローマに行くんだよ』って。ローマにって、2人はそうはっきり言った。

「とても不思議な感覚を覚えた。『ローマ』というその言葉で、自由への思いがこみ上げてきたが、同時にとてつもない虚しさに襲われたからだ。解放の時こそ、誘拐されて以来一番大変な瞬間になることは分かっていた。これまでの私の経験が『確かなもの』と呼べるなら、解放されるその時こそ、すさまじい『不確定』の真空が開かれると言える。『不確定』の方が、『確かなもの』よりも遙かに重い。私はそれを理解していた。

「服を着替えると、見張りが戻ってきた。『これから連れて行く。自分の存在を外部に知らせるような動きは一切しないこと。そうでないと、アメリカの連中が邪魔をしてくるかもしれない』と言われた。改めて知らされて、やはりそうかと思い、知りたくなかったと思った。今までで最も嬉しい瞬間、最も危険な瞬間にさしかかっていたのだ。もし誰かと、つまりアメリカ軍と鉢合わせをしてしまったら、銃撃戦になるだろう。私をとらえた連中は応戦するはずだから。

「目隠しをされた。パッと何も見えなくなった後、徐々に視界が開けてきた。外では何が起きているのか。バグダッドで雨が降ったことしか分からなかった。車は泥の中をゆっくり進んでいたから。運転手のほかに、武装勢力が2人。たちまち、聞きたくもない音が聞こえてきた。車が止まった場所のすぐ上で、ヘリコプターが高度を下げて空中静止していた。

「『落ち着いて。向こう側があなたを探しにくるから。10分もすれば、あなたを探しに来る』と言われた。私を拘束した連中はいつもアラビア語で話していた。あとはわずかなフランス語と、たくさんの下手な英語。この時も、そうやって話していた。

「彼らは車を降りて、私は身動きができず何も見えない状態で残された。まぶたの上に綿がのせられ、サングラスをかけさせられていた。私はじっとしていた。どうしたらいいか考えていた。一秒一秒を数え始めた。今のこの時から、次に事態が変わるまでの間と思って。次の事態とは、なんだろう。自由? 頭の中で数を実際に数え始めた時、優しい声が耳元でささやいた。『ジュリアーナ、ジュリアーナ。私はニコラと言います。心配しないで。ガブリエレ・ポロ(マニフェスト紙編集局長)と話しをしました。落ち着いて。自由になったのですよ』と言われたのだ。

「綿とサングラスをはずしてもらって、私はホッとした。何が起きているのかは分からなかったけれど、この『ニコラ』という人の言葉のおかけで、安心できた。ニコラはひたすらしゃべり続けた。ひっきりなしに、人なつっこい言葉や冗談があふれ出ていた。私はたちまち、全身で慰められている気がした。もうずっと忘れていた温かさを、全身でもらっている気がした。

「車は道を走り続けた。水たまりだらけのガード下をくぐり、水たまりをよけようとしてハンドルをとられそうになった時は、みんな大笑いした。なんて自由な気分だろう。バグダッドのびしょびしょの泥道で車が横転したりしたら、今まで散々な思いをしてきた上で最後はこんなところで自動車事故に遭ったりしたら、そんな話、誰も信じてくれないだろう。ニコラ・カリパリは隣に座っていた。運転手は2度ほど大使館とイタリア本国に電話をかけ、空港に向かっていると連絡していた。空港は、アメリカ軍が厳重警備をしているところだ。あと1kmだと誰かが教えてくれたとき....火が見えた。その時、火と銃弾が私たちを襲った。ほんの少し前まで楽しく陽気だった声は、二度と聞かれなくなってしまった。

運転手が、イタリア人だと怒鳴り始めた。『イタリア人だ! 私たちはイタリア人だ!』 ニコラ・カリパリは私を守ろうとして私の上に覆いかぶさってきた。そしてたちまち、繰り返すがたちまち、最後の息を引き取るのが聞こえた。私の上で。私も体そのものに痛みが走った。なぜだかは分からない。でもちょうどそのとき、見張りたちの言葉をすぐに思い出した。私を自由にすることにためらいはないが、私は注意するようにと、見張りたちは言っていたのだ。『アメリカはあなたが戻ってくることを望んでいない』と。あのとき私は、そんなのはとるにたらない、偏見に満ちた言葉だとしか思っていなかった。でも今このときになって、あの言葉が何よりも苦い真実の味を帯びて甦ってきた。このことについて今はこれ以上はお話できない」CNN

<妙なこと 列挙>

考えてみると、この誘拐犯の行動は不思議なものだ。
犯人がスグレナ氏に「アメリカに注意するように」と助言しているが、それは犯人側がアメリカと接触していた感触から、そう感じたのだろうか?
それとも今までに彼らが誘拐した者等がアメリカ軍に殺されているからか?

また、スグレナ氏が、アメリカの標的になる理由は何なのだろうか?身代金を払ったから(100万ドルという)というのでは納得できない。唯一、犯人を見ている証人を殺せば、犯人を捜す大きな手掛かりを無くすことになる。
事によると、裏で誘拐ビジネスをやっているのは、アメリカ軍関係者やユダヤ・マフィアかもしれない。
犯人が明らかになると、そこからアメリカ軍や傭兵部隊、またはCIA・モサドと深い関係にあるユダヤ関係者が挙がる可能性もある。

当時は大雨が降って道路がぬかるんでいたというが、どうしてアメリカ軍は猛スピードを出していたと発表したのか?
このアメリカ兵の創作話を作った者は、現場の道路状況を知らなかった。さらには天候も知らない、現場にいなかった奴だ。しかも、現場からの連絡の前に、事によれば、襲撃前にすでにストーリーを創作していた可能性もある。

そして、連絡前に話を創った場合、カリパリを撃ち抜いたのが榴散弾だと検死の前にアメリカ系の報道を中心に話が出ていたのはどういうことか?
榴散弾が彼を撃ち抜くことを知っていたからか?それとも違う弾を撃ち込んだが、イタリアに圧力をかけ、検死の際に榴散弾にする予定だったのか?(3/7/17:00現在、どういう弾か、はっきりしていない)
スレレナ氏は戦車が撃ってきたと証言している。
ということは、車を撃ち抜いた弾丸は、イラクに大量に投入されているブラッドレー の25mm機関砲(M242チェーンガン)か、エイブラムスに装備されている、12.7mm機関銃だろう。ブラッドレーの方なら、スグレナ車は、かなり高い能力を持った防弾車であり、助かっただけでもラッキーと思われる。
そして、戦車に榴散弾が装備されていたのなら、新しいタイプの兵器だった可能性も。
アメリカがスグレナ氏を暗殺しようとしている理由で、最も可能性が高いことは、スグレナ氏が反イラク戦争(アメリカの戦争による人権侵害)の立場で記事を書き続けている有名人だということだ。
アメリカは他国や外国人を批判をするのは得意だが、人から批判されるのを極端に嫌う。特にアメリカやイラク暫定政府やアフガニスタン政府などアメリカ・ユダヤ勢の悪行を暴くような「自由で民主的な報道」は絶対に許さない(ホロコーストは無かったと主張する者も迫害を受ける)
イラク戦争では真実を書いたアルジャジーラやロイター、ITVなどの多くの記者を殺している。
アメリカを批判すると殺されるのだ。マフィアや暴力団の論理だ。
シバレイのblog 新イラク取材日記 アメリカ人人質を斬首で殺した最重要容疑者はアメリカ自身

<アメリカらしい、いやらしいウソ・ウソ・ウソ>

3/8 イラク占領アメリカ連合軍は、重い腰を上げ、ようやくこの事件の調査を命じた(カタチばかり?)。
ホワイトハウスは事件後、イタリアなどのメディアからの批判を受けを、この事件を「恐ろしい事故」と評しており、十分な調査を約束していた。

ペンタゴンのジョージ・ケーシー将軍は、作戦中のアメリカ軍は、イタリアの特殊部隊がスグレナ氏をバグダッド空港へ運んでいたということを、イタリア政府から伝えられていなかったと述べた。ABC
同3/8 アメリカ大使館スポークスマン、ロバート・キャラハンは、(アメリカ軍のスグレナ襲撃)現場には当時、ネグロポンテ駐イラク・アメリカ大使の通行に備え、検問所が設置されていたと証言した。
アメリカ政府高官は、ネグロポンテ車の検問所通過は、(スグレナ襲撃)事件が起きた直後の時間帯だったとしている。
襲撃を受けたのは午後8:55、ネグロポンテがここを通過する予定だったのはさらに2時間後の夜11時という。
果たして、超危険なバクダッドの深夜に、アメリカ諜報機関の最重要人物が車で通るだろうか????さらに言えば、車ではなく、ヘリコプターで移動するのではないだろうか????
3/8 イラク占領アメリカ軍ケイシー司令官は、イタリア当局の担当者らが通過予定ルートを事前にアメリカ軍に連絡していたとの形跡は全く無いと話した。

3/8 イラク占領アメリカ軍は、調査チームの発足を発表し、バンジェル准将を責任者に任命。軍の調査担当者らは「アメリカ大使館やイタリア当局と緊密に連携をとりながら」3〜4週間で結果を出す方針という。
スグレナ襲撃当時、バクダッド空港では、CIAのメンバーと、イタリアの大佐が待っていた。
だから、アメリカ側が知らなかったということは、考えにくい。
F2

3/8 イタリアのフィーニ外相は議会で、これは事故だとしながらも、以前にもイラクで人質解放の交渉を担当していたカリパリ氏は、スグレーナ氏救出にあたっても、事前に「アメリカ軍当局との必要な打ち合わせは全て済ませていた。空港警備担当の部局、空港周辺地域の警備担当の部局、全てとの打ち合わせは済んでいた」と述べた。CNN

<ベルルスコーニ・イタリア首相 : アメリカ軍に事前連絡していた>

3/9 イタリアのベルルスコーニ首相は、カリパリ氏がアメリカ軍に対し、拉致されていたスグレナ氏を解放して一緒に空港へ向かうと事前連絡していただけでなく、バグダッド空港で待機していた別のイタリア外交官も、アメリカ軍に一連の手はずを通知していたと上院に報告した
さらに、発砲される前の様子について、スグレナ氏の乗った車の運転手から聞いた話として、車はゆっくりとしたスピードで走っており、いきなり光を浴びたので停車したと報告した。
空港にいた別の情報部員も、アメリカ軍にスグレナ氏が車で向かっていることを知らせたという。CNN

<ABC マーサ・ラディッツ記者とアメリカ軍高官とのE-メールでのやりとり>

3/9 アメリカ軍高官は、ラディッツ記者に「スグレナ車は160km/h以上のスピードで走っていた」、「アメリカ軍の射撃前、スグレナ車の運転手は水溜りでハイドロプレーン現象を起こし、数回、コントロールを失いそうになった」、「スグレナ車が事件の前に別の検問所を通っていたということは無い」、「戦車が発砲した事実は無い」、「イタリア当局はアメリカ軍あるいは合同軍と連絡を取り合ったということも無い」とメールしている。

キャリアカーに載せられた車 ABC
グレーのトヨタ・カローラ
そして、キャリアカーに載せられた襲撃を受けたスグレナ車の写真が公開されたが、イタリア当局やスグレナ氏は右側から攻撃を受けたと証言しているが、写真はほとんどキズの無い左側のみだった。

ABCは右側フロントガラスの端に受けた弾痕をアップにしているが、弾はガラスに弾かれたようだ。
車の内側は、座席がガラスが散らばっているように見える。弾痕は後部座席の左側(伝えられるところによれば、ここにスグリナ氏が座っていた)にある。
写真の車では、大きな損傷はみれず、ブラッドレーの25mm機関砲からの攻撃の可能性は無いと思われる。
もし、この車が本当に襲撃を受けた車で、戦車の攻撃が受けていたのなら、エイブラムスの12.7mm機関銃だろう。

しかし、アメリカ軍側の非常に矛盾している証言がここにも出ている。
160km/hのスピードで走っており、さらに、ぬかるんだ道路なら、数百m以上の制動距離が必要だ。
この高官は、運転手が猛スピードを出していたということを、道路の状態が悪かったという証言を加えることで、ギリギリのスピードを出していたかのように述べている。
しかし、通常の舗装道路では、160km/hくらいで操縦を失いそうになることもないだろうから、相当に道路状況が悪かったということになる。
そんな道路で急ブレーキをかければ、車はスピンしたり、さらには1km前後の停止距離も必要となるだろう。
そして、本当にアメリカ軍が車が自爆攻撃すると考えたなら、通常の兵士なら、車を破壊するために戦車の砲門を開けていた、または戦車を車に当てていただろう。

さらにワイパーが途中で止まっていたことから、当時は雨が降っていたか、あるいは道路から泥が上がっていたかということが考えられるが、車は戦車したようにピカピカで、しかもタイヤにもほとんど土が着いていなかった(後で大雨が降ったのか?)。
しかも、車のエンジンブロックを狙ったというのに、エンジンフッドに弾痕も無かった。
高速で走ってくる車を撃つとなると、車は正面を向いているから、最初に、車のフロントエンジンフッド部分に弾痕が残ると思われるのだが。

これって本当に襲撃を受けた車なのか????
それとも右側はもっとひどい状態なのだろうか?
それとも停止したところを、サイドの窓を撃ち抜くように水平に射撃したのだろうか?

<世界中に配信された人質開放のニュースを、アメリカ軍は知らなかった?>

3/11 在イラク・アメリカ大使館キャラハン報道官は、「現場はアメリカ大使(ネグロポンテ)がアメリカ司令官との夕食会へ行くために設けられた臨時検問所で起きた」と発表した。
報道官によると、事件があったのは「移動検問所」と呼ばれる特別警備用の場所で、ネグロポンテ駐イラク大使が事件当日、イラク駐留アメリカ軍のケーシー司令官との夕食会へ向かう際に臨時に設けられた。
夕食会はバグダッド国際空港そばのアメリカ軍基地で開かれ、通常なら大使はヘリコプターを使うが、嵐のため車両移動になったという。

イラクでアメリカ軍との連絡将校を務めるイタリア軍マリオリ大将は、報告書をローマ地検に提出した。
報告書によると、3/4、マリオリは、イタリア国防省情報機関から、バグダッドに着いた情報機関員2人のため、移動に必要な身分証や銃所持の許可証などを発行するように指示された。
マリオリは「自分は、2人が何の任務で来たのか知らなかった」という。
同日午後8時ごろ、マリオリに情報機関から再び連絡があり、「2人は別の人物と空港へ向かっている。この人物は旅券などを持っていない」と伝えられ、空港入り口の検問所を通過する臨時許可証を手配するよう指示された。
マリオリは「軍から軍への連絡事項であり、アメリカ情報機関へ伝える理由は無かった」としている。朝日新聞

この報告どおりだと、マリオリがアメリカ軍との連絡役なのに、判断を間違えて、アメリカ軍にイタリアの車両が危険な夜間に移動することを、伝えなかったということになる。

イタリア軍とアメリカ軍はお互いに好き勝手に行動ってか!これじゃあ、全く、コアリションじゃないじゃん!
果たして戦場の中で、そのようなことがあるのだろうか?
しかも、母国イタリアでは人質が帰ってくると大騒ぎしているのに、大将が何も知らないということがあるのか?
これが本当なら、イタリア軍は、とんでもないオトボケ軍隊ということになる。

さらに、超危険なイラクでしかもアメリカ軍が一番狙われる空港への道路を使って、ネグロポンテのような要人が夕食会のためとはいえ、危険を冒してノコノコと夜に出歩くのか?
こちらの方も、本当なら、アメリカ政府も危機感無しの超オトボケということになる。
まぁ、空港周辺で起きているアメリカ軍への攻撃が、すべて戦争を引き伸ばす口実のために、仕組まれたものなら有り得る話だが。

<アメリカは、犯人も被害者も無しで調査する : 調査メンバーには神のお告げでもあるのか?>

3/12 国防総省高官は、襲撃現場はカーブで、警戒中の陸軍第3歩兵師団の兵士、車両の運転手、記者らがそれぞれお互いに相手を十分に、視認出来なかった可能性があると指摘した。
国防総省高官によると、アメリカ軍の事件調査メンバーにイタリアの文官、武官それぞれ1人ずつの参加が決まった。ただ、事件に関与したアメリカ兵の聴取に立ち会うことには否定的な見解を示した。CNN

やったのは未熟な下っ端兵士 : 両国の報告書 『アメリカ側に故意は無かった』?
2005/5/6

スグレナ事件 → アメリカ軍によるイタリア人記者ジュリアナ・スグレナ氏暗殺未遂?
3/4 イタリア情報機関員ニコラ・カリパリ氏は、イラクで人質になっていたジャーナリストのジュリアーナ・スグレナ氏解放後、スグレナ氏を車に乗せバグダッド空港に向かう途中、アメリカ軍の発砲を受け死亡した。
アメリカ軍側は、検問所に近づこうとした車に警告したが停まらなかったため発砲したと説明。
一方で、イタリア側は銃撃現場は検問所ではなく、警告もないままいきなり撃たれたと主張し、イタリア検察当局は殺人事件として捜査を開始した。
これに対し、アメリカ軍はさらに、事件があったのは「移動検問所」と呼ばれる特別警備用の場所で、ネグロポンテ駐イラク大使が事件当日に現場を通過するために臨時に設けられたものだと説明していた。
しかし、アメリカが占領して早1年以上。
たったバクダッド〜バクダッド空港の6マイルほどの安全が保てないアメリカちゃん。
ワザとやっているのか、それともアメリカには制圧の力や能力が無いのかなー。暗殺エリアとして残すためか。
治安が悪くなるほどに、民間危機管理会社はイラク中の警護費用や治安費用がガンガン上がり、大儲け〜っ。

<アメリカ側>

4/25 国防総省高官は、「スグレナ事件」で、国防総省は内部調査の結果、アメリカ軍側に問題となる過失は一切無かったと結論づけたと明らかにした。
そして、調査はすでに終了し、事件に関わったアメリカ兵の責任が問われることは一切無いと話した。

国防総省高官によると、その後の調査の結果、アメリカ兵たちは検問所における通常手続きにそって行動しており、職務上の過失はなかったという結論が改めて得られた。
調査報告はさらに、検問所通過の許可を事前にアメリカ軍から得ておくための「イタリア側の手続きに一貫性が無かった」と指摘している。CNN
しかし、事件の後、何度かTV映像に出たアメリカ軍に襲撃されたカローラは、ボディにほとんど銃痕が見られず、ほとんどの弾丸がサイドの窓を狙ったものだったようだ。
これを見ても車が猛スピードを出していたのなら不可能だろう。

このアメリカは完全に無罪って報告後、イタリアで反アメリカ、反イラク戦争意識がさらに高まった。

- 調査はまだ終わっていない??? -

4/26 ラムズフェルド国防長官とベルルスコーニ首相は、アメリカ軍の報告書はまだ未完成で、両国がさらに共同調査を続けた後に結論を出すと発言した。

ラムズフェルドは「事実関係の調査は両国が共同で行っているもので、また結論について合意が得られていないと聞いている」と記者団に述べ、報道された報告書の内容は、アメリカ政府としての結論ではないと説明。

ベルルスコーニもイタリア議会に対して、調査が完了して結論がまとめられたという報道がされたことは「残念だ」と述べ、「政府はしかるべき時に発言する。それは事実関係の調査が終わって結論が出たときだ」と、まだ両国政府としての結論が出たわけではないと強調した。

アメリカ統合参謀本部のマイヤーズ議長も記者団に対し、ラムズフェルドと自分はまだ報告を目にしていないとして、いずれ完成したらバグダッドで発表すると述べた。CNN

- ここまでの両国の言い分をまとめると-

イタリア側は、『検問所の表示は無かった』、『自分たちの車はスピードを上げていない』、『警告の無いままいきなり撃たれた』、『スグレナさんを解放後、空港に向かうという計画は事前にアメリカ軍に連絡してあった』などと主張。

アメリカ側は、『検問所はアメリカ大使の通過用に臨時に設けたもので、標識は出ていた』、『イタリア側の車は時速80km/h前後出ていた』、『投光器などで何度も警告した』、『イタリア人の運転手がパニック状態だった』、『イタリア情報機関の車が空港に向かうという連絡を、アメリカ軍は受けていない』などとし、『現場のアメリカ兵らの行動は行動基準に従ったもので、職務上の過失は無い』と主張。

<イタリア側>

5/2 イタリア側ローマ地検の捜査報告書が公表された。

報告書は、
銃撃したアメリカ兵が「接近してくる車両に恐怖を感じ、自分の娘たちのことが頭に浮かんだ」と証言したことなどから、「おそらく経験不足とストレスからほとんど自己制御できず、本能的に反応した」とし、
事件現場の検問所へ車両が接近した際、アメリカ兵らは緊張しており、投光器による警告とほぼ同時に銃撃を始めたと判断。
「アメリカ兵の経験不足」が原因と結論づけている。

また、車両の速度については「道が濡れており、直角のカーブが近く、運転者は携帯電話で会話中だったため、高速ではなかった」とした。

さらに、検問所の掲示などが無かったのは「控えめに言っても不注意」と指摘。
事件直後に片づけられ、現場検証ができなかったことにも強い不満を示した。

ただ、事件現場が通常の検問所とは異なり、特別警備のために設けられた移動検問所だったため、アメリカ軍に正式な行動基準などがなかったと指摘。
銃撃が「故意だったことを示す証拠はない」との見解を示した。朝日新聞

- イタリア側の調査報告をまとめると-

イタリア政府は、『検問所が近づいていることを示す標識はなく、減速・停車を求める車止めも分かるように設置されていなかった』、『車は時速40〜50km/hしか出していなかった』、『明らかに警告とわかる信号は事前に無かった。警告灯が光ったのと、射撃開始は同時だった』と主張。
さらに、スグレナ氏救出計画について、カリパリ氏がアメリカ当局に連絡してあったのは間違いない。
情報がアメリカ軍の現場まで到達していなかったとすると、それはアメリカ軍当局内の調整不足だと批判。
そして、警告もなくいきなり車に銃を乱射した現場の兵士たちは、深刻なストレスと経験不足によって適切な判断能力を欠いていたと批判。朝日新聞

<ベルルスコーニ>

5/5 ベルルスコーニ首相は議会で演説し、アメリカ軍側に過失はなかったとするアメリカ側報告書の一部には同意出来ない、との考えを示した。
事件現場となった検問所の存在を知らせる手段でアメリカ軍に落ち度があったなどと、イタリア側の報告書の内容を弁護した。
しかし、事件の発生や、内容が異なる両国の報告書が、2国間の同盟関係を損ねるものではないとも強調。
イラク派遣のイタリア軍の撤退時期への影響についても否定した。CNN
4/4、ブッシュ大統領は、ベルルスコーニに電話し、事件の犠牲者への哀悼の意などを示したという。
アメリカはこの事件によってイタリアがイラク撤退という事体に流れるのを相当に警戒しているようだ。